セルフケア


仕事柄、目を使うことが多いせいか、最近目の疲れが気になってきました。長時間パソコンの画面を見つめていると目が乾燥してくるので、目薬は必携です。それから、仕事の合間に目の周りをマッサージしたり、腕を回して肩のこりをほぐしたり。…端で見ているとびっくりするかもしれません。

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頭皮マッサージも目の疲れをいやしてくれます。美容室に行くと、カットの前にシャンプーをするのですが、軽い頭皮マッサージもしてもらえます。初めて頭皮マッサージを受けた時、手や足のように動かすわけではないのに、頭皮も疲れるんだなと、目から鱗でした。担当する女の子の素質もあるかもしれません。少しかたくなった頭皮に程よい指の力がかかると、目を見開いていたときの神経がほぐれるのか、とても楽になります。そのまま眠りに吸い込まれそうなくらい。でも残念なことに自分で自分の頭をマッサージしても同じようにほぐれません。あれは何故なんでしょうか。

もうひとつ気を遣っているのは「睡眠」です。特にパソコン仕事の前日は、日付が変わる前には必ず床につくことにしています。翌日の集中力が全然違います。できれば10時か11時には寝るといいようです。そこから晩ご飯の時間を逆算すると、少なくとも8時には食べ終えていなければなりません。寝る前の2時間は何も口に入れず、食べたものを消化しきってから眠った方が内臓が安まり、結果、眠りの質も高まります。そう考えると、晩ご飯の時間を今より早める必要が…。

すべて完璧とはいきませんが、せめて早寝を心がけたいと思います。 

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# by ippuku-kousaku | 2017-03-17 09:35 | いっぷく豆日記
夢:昆虫「モニカアオイ」について


いきなり地味な1枚の紙の説明書が目の前にある。
それは小さく折りたたまれていたらしいたくさんの折り目が付いている。
「モニカアオイ」という濃い紺色の染料の原料となるムシについての説明書。

エサとなる植物を育てた上でその葉の上に小瓶に入っている液体を一滴ずつ置いていく。成虫は真っ黒なアブのようなムシ。2世代くらい育てると相当な頭数になり、エサとして栽培している植物も食い尽くす形になるので、その時点で捕獲して使用するとある。

半ば余り意味のなさそうな養殖方法をイメージさせる模式図が大きく書かれていて、最後に成虫、幼虫、卵、死骸を含めてミキサーのようなもので粉砕し、磨り潰して染料として使うと簡単に書いてある。しかし、全体の0.04%が作物の根を通じて土中に残り、想定外の繁殖をして他の農作物に被害が出ているという報道も同時に耳にする。

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この話を聞いたとき、「五倍子」のことを考えました。五倍子(ごばいし)、別名フシ(付子)は、ウルシ科の落葉小高木である薬用植物ヌルデの別名です。ヌルデの若葉などに一種のアブラムシが寄生し、その刺激によって植物組織が異常な発達を起こして出来たこぶ状の突起のことで、その虫こぶを染料として用います。五倍子はタンニンを多く含んでいて、鉄媒染で紫色に染まります。

 五倍子の方は植物染料ですが、ムシが関わっているので連想してしまいました。念のため「モニカアオイ」をネットで検索しましたが、見つかりません。本当に実在しないのでしょうか。夫の夢はあまりにもリアルで、不思議です。(ひ)


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# by ippuku-kousaku | 2017-03-16 09:36 | いっぷく豆日記
夢:怪しい工具箱を拾うこと


路側には道と平行して朽ちかけの角材がたくさん放置されている。直行する向きに長細い工具箱が3つ置かれている。使えないほど古い訳でも壊れた風でもないその工具箱が気になって、それら工具箱の内、最も手近にあった、いちばん長さの短いものから開いてみた。

中からクッションの役割を果たしている朱色のゴム材で覆われた計測機械が出てきた。ゴム材は黒くくすんでいて、使い込まれたモノなのが分かる。小さな四角い窓が3つ並んでいて真ん中の小窓には赤い針が左に振り切る形で静かに止まっている。その右には数字が書かれた円筒が左右に回転して数値を示すメーター、左には読み取り方がさっぱり分からないが、中でボールが動くタイプのメーターが見て取れる。

針指しメーターの小窓の中には「ウラニウム」の文字が見える。
置かれている工具箱はどれも幅は同じくらいで長細い形をしている。中でも真ん中にあった工具箱は普通ならあり得ないくらい寸法が長い。開けてみると多少形は違うけれど、先に見た機械同様にメーターの小窓がついたモノが2つ出てきてやはりどちらにも「ウラニウム」の文字がある。最後に残った工具箱は空だった。

気味が悪くなり、工具箱も出てきた機械もそのままにして店に戻ったが、警察に通報した方がよいかも知れないと思って電話を借りるために事務所に入ったが誰もいない。いくつもある机の上にはそれぞれに電話機が設えられているので、受話器を取って110番するが外線に繋がらない。何のアンサー音さえしないのだ。

もしかしたら、工具箱から出てきた機械は放射性物質で汚染されてしまったから廃棄されたのではないか。だとしたら、その機械を触った僕も放射能汚染されているに違いないという考えが頭をよぎり、気持ちが焦る。
その時たまたま部屋へ入ってきた女性の事務員に事情を話して電話を外に掛けたいのだというと、真四角の紙に奇妙な線画が描かれたモノを差し出して、これと同じ模様をこの画面に描いてからダイヤルするように言われる。しくみは理解出来ないが、言われた通りにしてみる。でも、うまく電話が出来ないで気持ちが焦ったまま、目が覚めた。

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# by ippuku-kousaku | 2017-03-15 09:14
単に夢?


目が覚めると、大半の夢の記憶は雲散霧消してしまいます。その様は綺麗に織り上げられていた織物から糸が四方八方へと逃げ出して、目にしていた模様が見る間に消えていく、まるでそんな風に僕には感じられます。でも、とりわけ印象深かった具体的な場面がひとつでも心の中に残っていると、逃げかけていた夢の糸を呼び集め、その場面の前後から元の織物を織り上げて模様が復元されるように、夢の記憶を手繰り寄せることが出来るのです。

そんな夢を甦らせる手がかりとなる一場面を、いつの頃からか僕は勝手に「夢の尻尾」と呼ぶようになりました。
そうやって甦った夢は、単なる夢だとして片付けてしまうには、現実の記憶と同じ質感の剰りにはっきりとした記憶です。現実の記憶と違うのは、今の僕の身の上とのつながりようのない体験であるということ。

みんなが信じているように、夢は心が勝手に作り出したモノだということは僕だって一応は了解しています。でも、もしかしたら、誰かの記憶が空間や時間を超えて僕のアタマに飛び込んできて、いつかどこかでの現実の光景を見せているのかも知れないという考えも全くあり得ないことではないと思えるのです。
だから、夢に出てきた言葉や人物、景色が実在のモノなのではないことを確認したくて妻に話しているうち、自分だけが聞いて終わらせるのは惜しいからと、誰もが読める形に言葉として紡いでほしいと云われ、こうしてそのいくつかをご覧いただいているという次第。

もし、ここに紹介した夢の話がその一部でも現実と繋がっていると思われるものがあれば、ご一報下さい。

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# by ippuku-kousaku | 2017-03-14 09:04 | いっぷく豆日記
むかしばなし


私は幼い頃祖父母と一緒に寝ていたので、祖母の昔話を聞いて眠りについたものだった。絵本ではなく「むが~し、あったけどぉ」ではじまる、郷土に伝わる物語を祖母は語ってくれた。「猿のおしりが真っ赤になった理由」とか、「とても大きな屁をこくお嫁さんの話」とか、「狸汁」の話とか…。何度も何度も聞いたので、ちゃんと覚えていたはずなのに、ある時、細かい内容をすっかり忘れてしまっていることに気づき、愕然とした。祖母の語りを録音しようとしたこともあったが、高齢になった祖母は昔話をほとんど忘れてしまい、実現しなかった。

亡くなった祖母のことを思い出していたら、また昔話のことが気になりだしたので、インターネットで調べてみた。すると、置賜地方の昔話をまとめたサイトが見つかった。聞き覚えのある話もあった。そっくり同じでないのは語る人によって少しずつアレンジされていったからだろう。方言と標準語が対になっていてわかりやすい。いくつか拾い読みしてみたら、素朴でユーモアもあり、面白い。方言で書かれた文章を読んでいると、置賜弁で話せそうな気がしてくる。実家に帰ったときに、練習してみようと思う。

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置賜地方の昔話のサイトはこちら


「百足の医者迎え」(要約)
むかし、虫の仲間の一匹が急病にかかった。誰が医者を迎えに行くか話し合ったがなかなか決まらない。百足(ムカデ)は足がいっぱいあって歩くのも一番速いだろうと、百足に頼むことになった。百足は嫌とも言わず引き受けたので、虫たちは医者を待ちわびるが百足はいつまでも帰ってこない。どうしたのかと百足が居た所に行ってみると、まだ出発もしていない。百足が言うには(足が多い分)ワラジを沢山履かねばならなくて、出発するのに時間がかかってだめなんだと。それから「百足の医者呼ばり」と言ってどんなに足などいっぱいあっても、何か欠点があるのだから、この人はこうだなどと言わないものだと(言われている)。

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# by ippuku-kousaku | 2017-03-13 09:24 | いっぷく豆日記